押さえておきたいマイナンバー制度と今後の可能性

2015年5月13日7:00

2016年1月から導入される予定の「社会保障・税番号制度」(通称、マイナンバー制度)だが、民間への利用範囲の拡大は2019年を目処に検討が開始されるとしている。そこで、同分野に詳しい野村総合研究所(NRI)、上級コンサルタント, Ph. D. 安岡寛道氏に、今後の可能性について解説してもらった。

野村総合研究所、上級コンサルタント, Ph. D. 安岡 寛道

① マイナンバー制度の導入

「社会保障・税番号制度」(通称、マイナンバー制度)が2016年1月から導入される。

「マイナンバー法(正式名、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(番号法))」が施行されると、国民一人ひとりに番号(ID)を付与し、納税実績、年金、医療などの情報を政府が一元的に管理する。これにより、社会保障の負担と給付の公平性を担保するとともに、各種取引の際にも利用することで納税者の所得などの情報をより正確に的確に把握できるはずである。また、災害時の本人確認や支援者リストの作成などにも利用される予定である。

国民一人ひとりにとっては、社会保障と税に関する自分の情報や必要な通知をインターネットで確認できることや、行政機関への各種手続きの際は、所得証明書や住民票を添付する必要がなくなるなど、事務手続きの負担が軽減されると言われている。

こういったマイナンバー制度であるが、2015年10月から国民へ付番・通知される。2016年1月開始までの猶予期間は短く、以降の本格的な運用が継続的にスムーズに運ぶかどうかは定かではない。また、事業者の業務負荷(個人情報保護の運用体制整備やトレーニングなど含む)の増加への懸念もある。さらに、現時点において、制度自体の認知はされてきているものの、必要性に関する理解が広がっているとは言い難い(文献(1)第1章4節参照)。そこで、マイナンバー制度導入によるメリットを提供・訴求し、事業者や生活者からも普及や理解を後押ししてもらう必要がある。そのためにも、民間を含むマイナンバーの利用範囲の拡大は2019年を目処に検討を開始するとされているが、現時点からID(ICカード含む)の民間利用の検討を始めておく必要がある。

②マイナンバー制度の提供機能と生活者が求める機能

マイナンバー制度では、2016年1月以降に希望者に「個人番号カード」(顔写真付きICカード)が発行される。そのため、身元証明などに用いる現行の住民基本台帳カード(取得から10年間有効)は、2015年末までの発行となり、「個人番号カード」を取得するまでは有効であるが、その後は役目を移行されることになる。また、「個人番号カード」のほかに、自身の社会保障や税の情報を確認できるWebサイト「マイ・ポータル」も国民に提供される(図表1)。

図表1. マイナンバー制度の利用イメージ

なお、「個人番号カード」では、健康保険証を早急に取り込んでいくことが政府の方針で決まっており、ICカードの空き容量に健康保険証の記号番号を書き込んで機能を追加すれば、健康保険組合に加盟する民間事業者の事業所単位などでICカードを配るという普及策も考えられる。

さらに、行政機関で交付される証明書・サービス(年金手帳や健康保険証など)、および民間事業者が提供するサービス機能(身分証明・会員証やクレジットカード、ポイントカードなど)が追加される可能性の話もある。

そこで、野村総合研究所(NRI)が、2014年7月に「情報通信サービスに関するアンケート調査」と題し、事業者や生活者のメリットを訴求し普及を後押しするために、「個人番号カード」に追加機能があれば便利で利用するかどうか」などを調査した。この結果によると、「便利」と思う割合は77.4%(「便利なので利用すると思う」28.4%、+「便利であるが失くすと危ない等の理由で利用しないと思う」49.0%)であるが、そのうちの3分の2近くは失くすと危ない等の理由で利用しないという結果であった。つまり、唯一しかないこのICカードは、情報セキュリティやプライバシー漏洩の懸念から、便利であっても他の機能とは分けて利用したいという生活者の意識の表れであろう。

一方で、「便利なので利用すると思う」と回答した者に絞って、「行政機関から交付される証明書・サービス、および民間事業者が提供するサービスで、追加されると便利だと思う機能は何か」についても調査した。この結果によると、行政サービスに関しては、すでに一緒にする方針のある「健康保険証」が81.4%、次いで「運転免許証」72.2%、「年金手帳」67.6%、「印鑑登録証」58.4%と続いた(図表2)。同じく、民間サービスに関しては、「身分証明証」が52.0%、「病院・歯科医院の診察券」40.8%と続いた(図表3)。これらが本調査の回答の4割以上となった行政や民間サービスの一緒にしたい機能である。これらに紐付く情報のセキュリティやプライバシーレベルはいずれも高い。つまり、ポイント、マイレージ、会員証などのカジュアルなサービスは追加機能の上位に挙がっていない。ここから指摘できるのは、重要なカードはいっそのこと一緒にしても良いが、そうでないカードは一緒にして持ち歩きたくないという意識である。「個人番号カード」の普及を後押しするのは、事業者や生活者のメリットに訴求する施策が有効と考えられるが、こういった民間サービスの便利な機能とは分けたいというのが生活者の本音のようであるため、これによって必要性の理解を深めることは簡単ではなさそうである。

図表2 :「個人番号カード」に追加されると便利だと思う機能(行政機関から交付される証明書・サービス)(複数回答)

(出所)NRI「情報通信サービスに関するアンケート調査」2014年7月
(「個人番号カード」に追加機能があれば「便利なので利用すると思う」のn=586)
(注)行政機関からの税還付、失業保険金、生活保護費などを、Suicaやnanacoなどの民間の電子マネーのように直接貯めることのできるプリペイドカード(例:大阪市が検討する「生活保護費支給のプリペイドカード)

図表3 :「個人番号カード」に追加されると便利だと思う機能
(民間事業者が提供する会員サービス)(複数回答)

(注1) 学生証、社員証、職員証、入館証など (注2)銀行のデビットカードを含む (注3)Suica、PASMO、ICOCA、PiTaPaなど (注4)nanaco、WAON、楽天Edyなど (注5) QUOカード、図書カードなど (注6) 家電量販店、スーパーマーケット、ドラッグストア、コンビニエンスストア、レンタルショップ、マッサージ、エステ、ショッピングモール、駅ビル、ガソリンスタンド、飲食店、専門店など (注7)保険会社・証券会社など (注8)レンタカー、カラオケ、クリーニングなど
(出所)NRI「情報通信サービスに関するアンケート調査」2014年7月
(「個人番号カード」に追加機能があれば「便利なので利用すると思う」のn=586)

③マイナンバー制度の制約を外した今後のサービスと官民連携

マイナンバー制度におけるIDの民間を含む利用範囲の拡大は、2019年を目処に検討(開始)とされているが、現時点から検討しておくべきであろう。

しかしながら、現時点では事業者は、個人情報保護の面から、マイナンバー制度におけるIDの利用や管理に際して、主に以下のようなさまざまな制約がある。

(1)個人番号の利用に関する制約(マイナンバー法9条:利用範囲、15条:提供の求めの制限、16条:本人確認の措置)
(2)特定個人情報の管理等に関する制約(19条:特定個人情報の提供の制限、27条:特定個人情報保護評価、28条:特定個人情報ファイルの作成の制限)
(3)特定個人情報保護委員会の設置(36~57条)

これらの条項によってマイナンバー制度におけるIDの利用や管理は、「個人番号利用事務実施者(番号を利用して対象行政事務を直接行う実施者で、主に行政機関、地方自治体、独立行政法人など)」「個人番号関係事務実施者(源泉徴収義務者など、対象行政事務の一部を行う主体者で、金融機関を含む主に民間事業者)」に限定される。

このような制約があるが、今後のためにマイナンバーの民間利用をまずは考えておこう。たとえば学資ローンを組む場合に本人であることをマイナンバーで確認する。確認できれば収入はマイナンバーで継続的に捕捉できるため、収入が増えたら金利設定を高めにして払うという金融商品を作ることもできる。

また、諸外国のように民間事業者の会員サービスの名寄せにマイナンバーが利用できると、無駄なアカウント(ID・口座やデータなど)を作らなくて良くなり、ビッグデータの解析において、パーソナルデータ(個人に関する情報)の対象が正確になり、精度を向上させることもできる。

さらに、マイナンバー同様にセキュリティレベルの高い民間の会員サービスとの連携も考えられる。たとえば、頻繁に持ち歩かなくとも常にカードや証書を手元に置いておきたい金融サービスのようなセキュリティレベルの高いサービスも存在する。そこで、ID連携トラストフレームワーク(http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/id_renkei/)という考え方が浸透すれば、マイナンバーとセキュリティレベルの高いサービスのID同士の連携も考えられる。つまり、カジュアルでよく持ち歩くメインなカードでなくとも、フォーマルな家に置いておくセカンド的なカードと「個人番号カード」の融合は十分考えられる。従って、マイナンバーのICカード、若しくはIDとこれらのフォーマルな会員サービスとの相性をもう少し研究してみるのも興味深い。もちろん生活者のプライバシーや個人情報保護を前提にしなければならないが、生活者と事業者の両方にメリットがあれば、マイナンバーの普及や理解を民間からも後押しすることにもつながるはずだ。

このようなさまざまな施策を実施していくのはもとより、私たちの身の回りを見渡すと、さまざまな会員サービス(文献(2)参照)で満ちあふれており、国民は無意識のうちにそれらを利用している。多くの業種の事業者が会員サービスを提供しており、これらの力を上手く活用する選択肢は、簡単には捨てない方が得策であろう。先に述べたように、いずれはマイナンバーを活用した金融サービスなども出てくると考えられるため、今のうちにこれらの検討を始めるのも、マイナンバーの必要性を理解してもらうには重要である。そして、これらの行きつく先は、新たな官民連携のモデルにもつながるのかもしれない。

【参考文献】
(1)野村総合研究所 ICT・メディア産業コンサルティング部、『ITナビゲータ 2015年版』、東洋経済新報社、2014年12月
(2)安岡寛道、『「ポイント・会員制サービス」入門』、東洋経済新報社、2014年6月

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