中国視察レポート! 10年先を行くITビジネスの正体 – 決済、小売はいかにして変革したのか?-

日本でモバイルQR /バーコード決済が次々に台頭している。大きなムーブメントの発端になったのが、中国だ。スマートフォン(スマホ)を持っている人であれば誰でも使えて、店舗は紙1 枚で加盟店になれる敷居の低さで爆発的に普及した。スマホ経済圏争いがますます激化する中国はどう変貌を遂げているのか? NCB は2018 年11 月中旬、中国は上海、杭州に飛び、現地で10 種類以上のサービスを体験。実態を追った。

NCB Lab. リサーチャー増渕 翔平

1 壮大なキャッシュレスエコノミー

中国は支払いをめぐる文化に特徴がある。端的にいうと、日本より紙幣への信用が低いようだ。ここ数年は偽札事件が相次いでおり、飲食店では客が支払った紙幣が本物であるかを確かめる機械を置いている軒数が少なくないという。

また、紙幣の最高単位は100元(約1,600円)であり、高額の買い物には多くの紙幣が必要になる。現金を使った支払いにはさまざまなリスクやコスト、手間があることから、銀行口座直結型のデビットカードを中心にキャッシュレスの決済手段が歓迎されるようになった。そしてスマホの普及率が高まった現在では、財布いらずのモバイル決済が台頭しているという流れだ。

今回、現地視察に同行いただいた上海在住歴25年以上のMさんに話を聞くと、モバイル決済の浸透度(感覚値)は中国全体で60-70%、都市部に絞れば80%以上になるという。病院など医療機関以外のシーンでは、ほぼモバイル決済が使えるということだ。

現地の人々が本当にモバイル決済を使いこなしているのかを確かめるため、上海では、現地住民向けの公設市場である上海虹橋市場を取材した。

市場では、肉、魚、野菜、米など、ありとあらゆる食材が販売されている。店舗ではほとんど、AlipayかWeChat Pay、いずれか(または両方)のQRコードが掲示されていた。市場の買い手には比較的年配の方が多かったが、スマホの画面を細目で見つめながら操作し、お店のQRコードをスキャンして買い物をしている光景がみられた。

店舗が負担する決済手数料は無料であるため、オーナーは気軽にキャッシュレスで決済を受け付けることができる。野菜を売っている店舗であれば食材を素手で扱い、袋詰めしてお客さんに渡すため、支払いで現金を使わないことは衛生的にも良い。 (タバコをふかしながら商売する渋い男性もいたが…)

公設市場で驚いたのは「統一QRコード」ともいうべきシールが貼り付けられている店舗があったことだ(写真右2枚)。日本でも、QRコード決済が複数台頭した事でいかに規格を統合するかが議論になっているが、中国ではすでに実現している。

中国郵政儲蓄銀行(Postal Saving Bank of China)など、AlipayとWeChat Payの加盟店開拓権をもった決済事業者(PSP)が、双方に対応可能な共通の決済画面を構築し、店舗単位でユニークなQRコードを生成して渡す仕組みになっている。そのため、統一QRコードはAlipayかWeChat(Pay)、どちらのアプリからでもスキャンして決済が可能だ。

食品市場のほかには、飲料の自動販売機やマッサージチェアもQRコードによる決済に対応していた。いずれも完全キャッシュレスであり、現金は一切受け付けていない。

細かい視点になるが、QRコード決済の本質は「決済行為自体を現場から省略すること」にあると考える。QRコードをスマホでスキャンする行為は、対面で提供される価値の支払いをオンラインで行うための窓口と言い換えることができる。いわば「対面EC」のようなものだ。決済そのものをオンラインに任せてしまうので、現場では高価な決済端末を用意する必要も、決済を受け付ける手間もない。

2 人が消えた中国。 進化する無人飲食店

公設市場では中国におけるキャッシュレスの現状を追った。では、未来の中国はどこに向かおうとしているのか?その答えを探すべく、筆者はテンセントがプロデュースするファストフードチェーンdicosの旗艦店(未来店)へ向かった。

この店舗は、ファストフードにおける調理以外の行程をほぼすべて無人化している点が特徴である。テーブルに貼り付けられたQRコードをWeChatのアプリでスキャンするとdicosの公式アカウントが表示され、フォローするとスマホで商品がオーダーできるようになる。

食べたいものをカートに入れてWeChat Payでオンライン決済をすれば注文が完了。調理が終わると自分の商品を受け取るボックス番号と暗証番号がWeChatで連絡される。中国語がわからない筆者でも、感覚的に注文ができた。

ユーザーインターフェースが洗練されており、操作がしやすいという点は中国のスマホ経済を支える重要なファクターである。これを支えるのが「ミニプログラム」という概念だ。

日本でもスマホを活用したサービスが次々に台頭しているが、利用するためには各事業者が配信するスマホ専用アプリを個別にインストールし、初期設定をする必要がある。中国ではこの手間がない。だいたいは、AlipayかWeChatでQRコードをスキャンすると、いずれかのアプリ上で動く機能(ミニプログラム)が立ち上がる設計になっている。

Alipay、WeChatが2大プラットフォーマーとして君臨しているからこそ生まれる体験なのかもしれないが、ユーザーの立場にとっては、行く先々でさまざまなアプリを使いわける必要がない点はありがたい。

ミニプログラムはQRコードをスキャンすることによって呼び出す形式のほか、KFCなど店頭でデジタルサイネージ型のセルフ注文端末を設置している店舗でAlipayやWeChat Payで決済をすると、自動的にアプリへインストールされる形式もあるようだ。つまりモバイル決済を点としての体験にせず、線として店舗のリピート利用に繋げるための工夫がなされているわけである。

話をdicosに戻そう。ハンバーガーが入っているボックスはタッチパネル形式になっていて、暗証番号をタップして入力すると扉が上にジワーっとあいて商品を受け取ることができた。まさに未来店。映画のような体験であった。

これまで人を介していた注文受付、支払い、商品提供のすべてが無人化されていたのである。店頭での支払いが存在しないことで、キャッシュレス率は100%ということになる。利用者にとっても、店舗にとっても効率的でスマートな体験であると感じた。

ただし、無人サービスは飲食店すべてではなく、ファストフードという来店する顧客が店員に対して高度なホスピタリティを求めない業態だからこそマッチしたと言えるだろう。「本日のおすすめ」を店員が伝えて顧客とコミュニケーションをとるような高級店にはちょっと難しい。

ちなみに、素朴な疑問として人口の膨大な中国でなぜ無人化が進むのか?という点に関してMさんに聞くと、人件費削減のほか、従業員管理を適切に行えるというメリットがあるという。

これは日本でも同じだと思うが、飲食店ではマニュアルに従って教育しても適切に対応できないスタッフも存在するため、無人化することでサービスの質を一定に担保できるという考えだ。確かに、人が介さなければ対面でクレームを受けるリスクもない。

キャッシュレス率が100%になる点も大きなメリットだ。既存の飲食店では現金の帳尻が合わないことがトラブルに発展することも多いことから、いまや店員のほうが現金での決済を嫌がるケースも少なくないという。

3 ソーシャルスコアで変わる 購買行動

中国で最も衝撃を受けたのが、ソーシャルスコアによってあらゆるサービスが適切に利用されるインフラが整備されていたことだ。

中心は、アントフィナンシャルが運営するソーシャルスコア「芝麻信用(ジーマクレジット)」である。アリババのあらゆるサービスを適切に利用することでスコアがあがるもので、所定のスコアまで到達すると、モバイルバッテリーや傘などのレンタルをする際にデポジットが免除されるなどの特典がある。

端的にいうと中国での生活の質を高めるための存在だ。このスコアがあるおかげで、ある程度のマナーレベルが要求される店舗やサービスの運用が可能になっている。

例えば無人コンビニ。中国の無人コンビニの多くは入り口のドアにロックがかかっており、店頭に表示されたQRコードをスマホでスキャンしてロックを解除する。この際、ジーマスコア◯点以上の人が入店できるなどの制約をつけることで、リスクの高い人の入店を抑制することができる。

無人コンビニの場合は入店後、買いたい商品を選んでセルフレジに持って行き、商品のバーコードをスキャンしたうえでモバイル決済をすると、自動ドアのロックが解除され外に出られるようになっているパターンが多い。決済は顧客がAlipayやWeChatのアプリでバーコードを表示して読み取らせる形式だ。

また、ソーシャルスコアは冷蔵庫型自販機でも活躍している。上海や杭州には、飲料や冷凍食品が陳列されている冷蔵庫(冷凍庫)が設置されており、所定のスコアを持った人が冷蔵庫のドアに貼り付けられたQRコードをAlipayのアプリでスキャンすると、ロックが解除され、商品を取り出すことができる。

どの商品を取り出したのかを特定する方法は冷蔵庫のメーカーによって異なるようだ。商品にRFIDタグをつけてセンサーで特定するケースもあれば、冷蔵庫に魚眼レンズ式のカメラを取り付け、商品の取出前と取出後の画像を自動撮影、AIが比較して特定するケースもある。

いずれかの方法で取り出した商品が特定され、代金がAlipayの口座から自動的に引き落とされる。利用者にとっては、ドアを開けて商品を取るだけで良いため商品購入のハードルが低い。

冷蔵庫型自販機の多くはドアのQRコードをスマホでスキャンする方式が主流であったが、芝麻信用の旗艦店(エリア)的な存在の自販機では、もはやスマホさえ不要で買い物ができるようになっていた。自販機に据えられた認証端末でユーザーの手のひらの情報とジーマスコアを紐づけておくことで、次回以降は手のひらをかざすだけでロックを解除して買い物ができる。

前述のモバイルバッテリーや傘のレンタルでは、貸出機にQRコードが貼り付けられており、それをAlipayのアプリでスキャンするとジーマスコアが参照され、約99元のデポジットを支払う必要なく利用料のみでレンタルできる仕組みになっている。

こうしたシェアリングサービスは特にジーマスコアとの相性が良い。「借りた人が返さないと次の人が使えない」という特性上、適切なマナーレベルが求められるなかで、「ちゃんと返さなければスコアが下がる(次回から使えなくなる)」という状況を作り出すことで適切にサービスを運営することにつながっている。

Mさんは「スコアを上げるために私企業へあらゆる情報を連携することには抵抗がある」としながらも、「そうした抵抗感よりも利便性が上回っているため、結局は(ジーマスコアを)活用して生活する」と話していた。

現在(2018年1月31日)では芝麻信用のほか、テンセントも微信支付分(WeChat Payment Score)という名前でWeChatユーザー向けにソーシャルスコア機能の提供を開始。今後、中国におけるソーシャルスコアビジネスはさらに発展していく様相だ。

4 まとめ

視察に行く前は、(個人的に)まさに第1章で取り上げたような「紙1枚のQRコード決済」という印象が強かった中国だが、実態はまったく異なっていた。

中国におけるQRコードは決済だけでなく、あらゆるサービスをスマホで利用するための窓口としての存在感が強いことがわかった。ユーザーのスマホとサービス(マーチャント)を繋ぐための、最もコストのかからない架け橋がQRコードという整理である。

日本ではモバイルQRコード決済が過熱気味であるが、「QRやNFC」という規格単位ではなく、決済+αで社会的な課題をどのように解決するかの視点からサービスを設計することが重要になるであろう。

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