LiveTech(リブテック)視点で見る 世界のキャッシュレス事情

日本でもキャッシュレス化に向けた取り組みが行われているが、安留義孝氏はここ3 年で欧米中、中東、アジア諸国20 カ国を訪問する機会があり、キャッシュレス化が進んだ街の姿、キャッシュレス化へ向けて成長する様子を目にしてきた。安留氏は、はやり言葉となっているFinTech に代わり、LiveTech(日常生活の向上を技術で実現する)という造語を提唱し、決済はLiveTech として捉えることで進化すると提言している。今回は、欧州、中国、東南・南アジアの決済の状況について説明してもらった。

富士通株式会社 流通ビジネス本部 流通フィナンシャルサービス統括営業部
シニアマネージャー 安留義孝

キャッシュレス化の進展のためにはLiveTech(リブテック)の視点を

2019年、日本では金融機関だけではなく、IT、通信などの異業種を含め様々な企業が新たな決済サービスをスタートさせた。「キャッシュレス」はヒット商品番付の横綱、新語・流行語大賞の候補30語に選ばれるほど、一般消費者にも普及した言葉となった。2020年は、東京オリンピック・パラリンピックに向けて、またマイナンバーカードを活用した消費活性化策(マイナポイント)の実施とともに、第2次のブームが訪れるだろう。まだまだ目が離すことはできない。

しかし、世界に目を向けると、すでにキャッシュレス決済比率が50%を超える国も多い。欧州先進国では、デビットカードが日常生活に溶け込んでおり、また途上国では経済成長とともに、伝統的な銀行ではなく、通信、移動、送金サービスなど日常生活を支える各種サービスが決済領域に進出し、Unbanked(銀行口座非保有者)のリテール金融を担っている。つまり、決済はその国の歴史、文化、国土、国民性、そして既存の金融インフラ(銀行店舗、ATM)などの状況により、異なる成長を遂げている。また、キャッシュレス化は決済という行為そのものの高度化により進展するのではなく、日常生活の利便性向上とともに進展している。タイトルにも示したが、これこそがLiveTech(リブテック)であり、スマホなどの最新技術(Technology)を用いて、日常生活(Live)の利便性を向上させ、その結果として、キャッシュレス化も進展している。なお、LiveTechとは、私が「キャッシュレス進化論~世界が教えてくれたキャッシュレス社会への道しるべ~」(きんざい)で提言させて頂いた造語である。今回、欧州、中国、東南・南アジアの決済の状況を紹介させていただくが、キャッシュレス化の進展にはLiveTechの視点が重要なことをご理解いただけると思う。

デビットカードを歓迎する街:アムステルダム

まずは、デビットカードを中心にキャッシュレス化が進展するアムステルダム(オランダ)を紹介する。アムステルダムはデビットカードを歓迎している。小売店では規模の大小を問わず、店頭、店内では、HIER ALLEEN PINNEN(支払はデビットカードだけ)、PINNEN JA GRAAG(デビットカード歓迎)の表示が目を引く(写真1)。市民の日常生活を支える庶民的なスーパーAlbert Heijnの大型店舗のレジは、①クレジットカード、デビットカードのSelf-Checkout、②HIER ALLEEN PINNEN、つまりデビットカード専用レジ、③現金も受付けるレジの3種類がある。感覚的なものとなるが、台数は2:7:1の割合であり、その台数比からも、デビットカードを歓迎・優遇していることがわかる。消費者からすると、レジの台数が多ければ、レジ待ちの行列は少なくなり、デビットカードを利用したくなる。長いレジ待ちの行列を見て、その時、その店での買い物を諦めてしまうのは、私だけではないはずである。

写真1 Albert Heijn のHIER ALLEEN PINNEN の表示(アムステルダム)

また、アムステルダムの日常生活の足はトラムである。トラムの乗車口にも、HIER ALLEEN PINNENの文字が並ぶ。料金は一律€3.0(約360円)だが、現金は取り扱っておらず、車内のカード決済端末で支払う。アムステルダムもだが、キャッシュレス化が進展する街のトラム、メトロなどの日常生活の足はキャッシュレスが基本である。

キャッシュレス決済を前提に買い物が便利な街:ロンドン

ロンドン(イギリス)は、2012年のオリンピックを契機として、コンタクトレス決済が普及した。日常生活の足となるメトロ、そして観光名物でもある二階建てバスがキャッシュレス化を牽引している。Oyster Cardという日本のSuica、PASMOに相当する交通系カードもあるが、Visa、Mastercardのコンタクトレス決済カードで、メトロ、バスの乗車が可能である。これはオープンループと呼ばれる仕組みであり、私が利用した限りとなるが、キャッシュレス化が進展するシンガポール、バンクーバーのメトロでも採用されている。

また、ロンドンは買い物も便利である。街を歩くと、Click & Collectの文字を頻繁に目にする。これは、ECで注文し、商品は店舗で受取るという販売方式である。ロンドンは古くから夫婦共働きが多く、また宅配業者は時間に正確ではないため、Click & Collectを利用する家庭も多い。また、小売店にとっても、このラストワンマイルが手間もコストもかかるため、消費者、小売店双方にとって、Win-Winの関係となるサービスである。なお、決済は注文時に登録済みのクレジットカード等で完了しているため、店舗では商品を受取るだけである。

また、店舗での買い物も、キャッシュレス決済をする限りはレジに並ぶ必要はない。店舗の大小を問わず、Self-Checkout、Scan & Goが導入されている。Sainsbury’sやWaitroseなどの大型店舗では有人レジはわずかで、消費者はキャッシュレス決済を前提に、その数倍の台数(大型店舗では有人レジの20倍程度)のSelf-Checkoutを利用している(写真2)。Tescoでは入店時にScan & Go用の専用機を貸出し、商品をピックアップごとに、バーコードを読み込ませるだけで、レジに並ぶ必要はなく、買い物ができる。なお、現在、専用機からスマホアプリへの移行中であり、今後、利便性はさらに増す。

写真2 Waitrose のSelf-Checkout(ロンドン)

ロンドンでは、カード一枚あれば、移動も買い物も外食もでき、そして、レジ待ちの行列に並ぶ必要もない。キャッシュレス決済が日常生活にゆとりを与えている。

現金が無くなりつつある街:コペンハーゲン

2019年7月、アメリカのフィラデルフィアでは、現金での支払いを拒否することを禁じる条例が施行された。今後他都市でも同様の条例が制定されると言われている。しかし、デンマークでは、すでに2016年に、アメリカとは真逆の現金による支払いを拒否できる法律が施行されている。これはUnbankedが住民の1/3を占めるアメリカと15歳以上の銀行口座保有率が99.1%(2017年)のデンマークとの違いである。実際、食料や日用品の支払いが、キャッシュレス決済に限定された場合には、日常生活が脅かされてしまう者もいる。しかし、デンマークを含め、欧州先進国の銀行口座保有率の高さであれば、その問題はない。

コペンハーゲン(デンマーク)の街を歩くと、店頭には赤に白地のDKというマークがVisa、Mastercardなどの国際ブランドと並んで表示されている。これは、デンマークのナショナルブランドのDankortというデビットカードである。Dankortはキャッシュカードに付帯されているため、デンマークではほぼ全ての国民がキャッシュレス決済手段を保有している。なお、キャッシュレス決済先進国と呼ばれるカナダ(interac)、ベルギー(bancontact)、シンガポール(NETS)でもナショナルブランドのデビットカードがキャッシュレス決済を牽引している。そして、チェーン店、大型小売店だけではなく、屋台、公衆トイレでも、キャッシュレス決済は可能である。また、カード決済端末はレジの中心に置かれ、存在感があり、カード決済が中心であることを示している。現金決済が中心の日本であれば、カード決済の際には、「カードで払います」という宣言が必要であり、さらには店員にカードを渡す必要があることもある。これが非常に面倒であり、カード決済の機会を減少させている原因の一つでもあると思う。まして、昨今ではさまざまなQRコード決済が登場し、「○○Payで払います」とその面倒くささは増大している。しかし、繰り返しとなるが、欧州先進国では、カード決済が支払いの主役であり、だからこそ、カードでの決済比率は自然と向上する(写真3)。

写真3 ファストフードの決済端末(コペンハーゲン)

そして、キャッシュレス化が進展する街では2つの変化が起きる。一つは、銀行店舗とATMの減少である。コペンハーゲンでは銀行店舗もATMもほとんど見ることはない。そして、わずかな銀行店舗も2/3の店舗では現金を取り扱っていない。ATMも引出し専用である。もう一つの変化は、個人間送金の普及である。現金を受付けない小売店が増え、数少ない銀行店舗も、現金を取り扱わず、ATMも入金はできない。つまり、現金を手にしても使い道がない。その状況になると、個人間送金が重要な役割を担い、金銭的価値を現金化することなく、バーチャルに銀行口座間で流通させる必要がある。デンマークでは国民の1/3以上が、Mobile Payという個人間送金のツールを利用し、同様にキャッシュレス化が進展する他の北欧3カ国でも、スウェーデンのSwish、ノルウェーのVipps、フィンランドのSiirtoなどの個人間送金のツールが普及している。スマホによる個人間送金を普及させるには、タイミングと順番が重要である。

モバイルが生活の中心となる街:上海

中国は欧州先進国とは異なり、スマホ決済が決済の主役である。そして、中国ではスマホ決済の普及を支える日本とは異なる3つの要因がある。まずは、シェア充電器である(写真4)。上海の街を歩くと、コンビニ、レストラン、ショッピングモールといたる所で、充電器を借りることができる。10元(約16円)で、返却はどこでも構わない。移動しながら充電し、完了したら、最寄りの場所で返却すれば良い。非常に便利である。スマホ決済の弱点は電池切れだが、上海の街、そしておそらく中国全土どこでも、この心配はない。

写真4 シェア充電器(上海)

2つ目がアプリケーションの充実である。日本のスマホ決済は基本的には決済機能だけである。しかし、中国ではAlipay、WeChat Payが無ければ生活ができないとまで言われている。言い過ぎではあるが、快適な日常生活を送るためには、たしかに必要である。ECでの買い物は言うまでもなく、タクシーを呼ぶ、ランチでフードデリバリーを注文する、映画館の座席を予約する、さらには役所で住民票を取得する、これらはAlipay、WeChat Payに付帯するミニプログラムで行われ、決済までが一連の流れで行われるため、決済という行為を意識することはない。

3つ目は、スコアリングである。芝麻(ゴマ)信用が有名だが、アリババグループの取引状況などに応じて、消費者を点数化している。芝麻信用のスコアが高ければ、シェアサイクルやホテルのデポジットが免除されるが、低い場合には、融資などの金融関連だけではなく、ビザ取得が困難になるなど日常生活にも支障をきたす可能性がある。身近なところでは、上海の街でも、一定以上のスコアの者しか利用できない自販機も設置されている。また面白いところでは、婚活サイトでもスコアを表示することができ、当然だが、高いスコアの者は人気がある。見た目、収入や学歴、勤務先だけではなく、その人の人となりを判断することができるためであろう。なお、最初に紹介したシェア充電器だが、このスコアリングのおかげもあり、充電器の盗難などの事故は少ない。充電器一つを盗み、結婚の機会を失うことをしないだろう。

なお、日本で話題のQRコード決済だが、中国ではすでに次世代の決済として顔認証決済も普及の兆しがある。上海でも、アリババ系のスーパーの盒馬鮮生(フーマー)だけではなく、家電量販店、ファストフードでも目にした。今後、日本でQRコード決済が普及した場合でも、中国から見ると、すでに流行遅れの決済手段となっているかもしれない。また、顔認証だが、監視カメラが街中に設置されていることから、慣れもあり、顔認証に対する嫌悪感の低い中国だから普及の可能性もあるが、文化・環境が異なる日本での普及には疑問がある。なお、すでにアメリカの一部の州では、顔認証データの利用を制限している。

ライドシェアがリテール金融を担う街:ジャカルタ

インドネシアの首都ジャカルタは世界有数の渋滞都市であり、2019年に地下鉄は開通したものの、まだまだ利便性の高いものとはなっていない。そのため、バイク便が主要な移動手段であり、Grab、Gojekが、それぞれOVO、Go Payとして金融サービスに進出している(写真5)。

写真5 Go Pay、OVO などのスマホ決済の表示(ジャカルタ)

Gojekであれば、主要サービスである人を運ぶ、単にモノを送るGO-SENDにとどまらず、フードデリバリーのGO-FOOD、家を掃除してくれるGO-CLEAN、洗濯代行のGO-Laundry、そして体調が悪いと思った時にはGO-MEDで薬を宅配してもらい、疲れがたまったら、GO-MASSAGEでマッサージ師を呼び、GO-Playを利用し、ビデオを観ながらのんびりと過ごすことができる。そして、たまには映画館で映画を観たければ、事前に座席をGO-TIXで予約し、GO-GLAMで美容師を呼び、身だしなみを整えたうえで、GO-JEKで出かける。このように、Gojekが提供するサービスは日常生活には欠かせない存在となりつつある。当然、決済はGo Payを利用する。

そして、GoJekが提供するサービスが日常的に利用するサービスだからこそ、決済手段としてのGo Payも、その他の決済領域でも、利用が促進する。インドネシアではインドマレット、アルファーマートなどのコンビニも展開しているが、まだまだワルンと呼ばれる伝統的な店舗が中心である。小型店では奥行き1メートル、間口3メートルほどの小さな店舗に、洗剤などの日常雑貨、インスタント食品、飲料、そしてたばこは箱ではなく一本単位で売られているが、最近では、このワルンにも、Go Pay、OVOの看板を見ることが増えている。

国際送金が生活を支える街:カトマンズ

もう一つ忘れてはならない途上国の特徴的な日常生活に密着したサービスが、国際送金である。フィリピンが出稼ぎ大国なことは日本でも知れ渡るが、ネパールはそれ以上に海外からの送金に頼った国である。2017年の海外からの送金額のGDP比率だが、フィリピンが10.8%のところ、ネパールは約3倍の27.8%である。フィリピン以上に海外からの送金が日常生活に密着したものになっている。首都カトマンズには、多くの送金受取拠点が存在する。特に、ネパール最大手の国際送金会社であるIMEは国内に3,000以上の拠点を有し、送金の受け取りだけではなく、電気、水道などの公共料金、学費の支払いのためのキャッシュポイントとしても機能しており、一般市民の身近な金融サービス拠点でもある(写真6)。そして、最近ではIME Payというスマホ決済領域にも進出をしている。サービス拡充の過程は、送金の受け取り、そして毎月のさまざまな支払をスマホで可能とし、利用者を獲得したうえで、日々の買い物、食事などの決済領域に進出している。決済だけの単機能からスタートした日本のスマホ決済とは逆の流れである。

写真6 街中の送金受取拠点(カトマンズ)

余談となるが、2019年の改正入管法の施行により、日本にも多くのネパール人が働くことになる。意外かもしれないが、彼らは日本人以上にスマホ決済に馴染んでいる。ネパール以外でもアジア諸国からの労働者は、20~30代の働き盛りが中心であり、彼らはデジタルネイティブと呼ばれる世代でもある。そして、伝統的な銀行は利用したことはないが、スマホによる金融サービスには触れている可能性も高い。日本のキャッシュレス化の進展には彼らの力を借りるという手もあるかもしれない。

2020年の日本のキャッシュレス化はどうなるか

2019年に登場した新たなキャッシュレス決済サービスは、スマホによるQRコード決済が中心であり、機能も決済という単機能のものが中心であった。2020年は、スマホ決済であれば、スーパーアプリと呼ばれる日常生活に密着したサービスが登場し、その利便性は増していくだろう。しかし、欧米ではすでにカードを中心としたキャッシュレス決済文化が出来上がっており、QRコード決済を見ることはない。東京オリンピック・パラリンピックには、欧米からも多くの観光客が訪日する。インバウンド対策を意識するのであれば、Visa、Mastercardなどのブランドのコンタクトレス決済の対応も急務であり、2012年のオリンピックを契機として、急速にキャッシュレス化が進展したロンドンと同じ歩みをする可能性もある。いずれにしろ、2025年にキャッシュレス決済比率40%を目指す日本にとっては、2020年は勝負の年となることは確かである。

最後に、Consumers don’t want a better payment experience , They want a better buying experience.(消費者はより良い決済体験を求めていない。より良い購入体験を求めている)という言葉で締めさせていただく。これこそが、LiveTechの基本的な考えであり、この視点がキャッシュレス決済比率を向上させるためには、必要不可欠である。

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