シンガポールのモバイル財布の統一QRコード規格のSGQRとモバイルアライアンスのVIA

FinTech(フィンテック)領域の取り組みに力を入れるシンガポールでは、40 を超えるNFC やQR コードベースのモバイル決済が行われている。海外事情に詳しい和田文明氏に、同国でのモバイル決済の展開について紹介してもらった。

和田文明

はじめに

国土面積が720平方キロメートル(東京23区とほぼ同じ)で565万人が住む都市国家シンガポールでは、クレジットカードやデビットカード、IC電子マネーに加えて、NFCやQRコードベースのモバイルペイメントが急速に拡大し、2014年11月からシンガポール政府が主導して、スマート国家構想の一環としてデジタル決済によるキャッシュレス化が推進されている。

こうしたシンガポールでは、NFCやQRコードベースの40以上のモバイル財布やモバイルペイメント・プログラムが展開されているといわれている。世界初の統一QRコード規格の「SGQR(Singapore Quick Response Code)」がシンガポールの中央銀行に当たるMAS(Monetary Authority of Singapore、シンガポール金融庁)の主導で2018年9月に導入されたほか、シンガポールのモバイルキャリアのSingtelのモバイル財布「Dash」が中心となって、モバイルアライアンスの「VIAプロジェクト」が2018年10月にスタートしている。

.P. Morganの「2019 Global Payments Trend Report-Singapore country Insight」によると、シンガポールの平均年齢は40.5歳で、2018年度のGDPは3,239億シンガポールドル(約26兆円)、インターネットの普及率は87%と高く、スマートフォンの普及率も75%と高い。銀行口座の普及率は98%で、1人当たりのバンクカードの保有枚数は3.57枚、うちデビットカードは1.95枚、クレジットカードは1.62枚と多い。

シンガポールにおけるEコマースは近年急速に拡大し、2018年度で49億ドル(約3,920億円)、うちモバイルコマースは21億ドル(約1,680億円)で、Eコマースの42.3%を占めている。Eコマースの決済は68%がクレジットカードを中心とするペイメントカードが占め、電子財布が14%、銀行口座からの資金の振替が10%、COD(Cash On Delivery、着払い)などの現金決済が5%となっている。

40を超えるシンガポールのモバイル財布・モバイルペイメント

シンガポールでは、シンガポールの銀行系のDBS PayLah!や UOB Mighty、OCBC Pay Anyone、シンガポールの銀行のペイメントネットワークであるNETS(Network for Electronic Transfers Singapore)のNETS Pay、モバイルキャリアのSingtelのDash、配車アプリのGrabのGrab Pay、シンガポール航空のKRIS PAYのほかグローバルベースのApple PayやGoogle Pay、Samsung Pay、中国のAlipay(支付宝)、WeChat Pay(微信支付)、多通貨モバイル財布のYou TripやRevolutといった NFCやQRコードベースの40を超えるモバイル財布やモバイルペイメントがひしめき合っている。(図表1)は、シンガポールの主なモバイル財布である。そのうち、30ものモバイル財布がQRコード決済を行っており、限られた店舗のレジスペースでは、それらのモバイル財布QRコード決済用のステッカーを貼るスペースが足りない状況であった。

(図表1)シンガポールの主なモバイル財布(Sing Saver、その他各種資料より作成)

SGQR(Singapore Quick Response Code、シンガポール統一QRコード)

政府主導でデジタル決済によるキャッシュレス化が推進されているシンガポールでは、MASが2017年8月に銀行やペイメントサービス・プロバイダー、業界団体から20人の代表者を集め、Payment Council(決済評議会)を設立し、シンガポールの電子決済社会の実現に向けて、P2Pの資金移動サービスであるPay Nowや統一QRコード規格のSGQRの導入を図ってきた。

統一QRコード規格のSGQRの導入に当たっては、MASとIMDA(Infocomm Media Development Authority、情報通信メディア開発庁)が率いるタスクチームが検討を行ってきた。タスクチームには、QRコード決済を行っているシンガポールの銀行やモバイル財布のほか、中国のAlipayやWeChat Pay、アメリカン・エキスプレスやJCBといったクレジットカード会社など31社が参加していた。

SGQRは、EMVCoの「QR Code Specification for Payment System – Merchant-Presented Mode」規格に基づいていて、国際相互運用性などの利点を有するとしている。SGQRは、シンガポールのマーケット向けにカスタマイズされ、シンガポールの消費者とマーチャント(加盟店)の双方に対し、QRコード決済を簡素化することを目的としている。SGQRは、Pay NowやNETSなど28ものペイメントスキームとの互換性を有している。

SGQRラベルによるQRコード決済は、“Pick”(SGQRに参加するモバイル財布やモバイルペイメントアプリを選択する)、“Scan”(SGQRコードをスキャンする)、“Pay”(代金の決済を行う)の3つのステップで行われる。

(図表2)のように、現在のSGQRのアメリカン・エキスプレスやダイナースクラブ、JCB、Mastercard、中国銀聯、Visaなどのパートナーのほか、DBSやOCBC、UOBなどの7つの参加金融機関、NETSやDash、Grab Pay、支付宝、微信支付などの32もの企業などがSGQRに参加している。

(図表2) SGQR のパートナー、参加金融機関、参加するモバイル財布とアクワイアラ (MAS のHP より作成)

統一QRコード規格のSGQRラベルには、(図表3)のように上部のSGQRの加盟店ごとのQRコードと下部の当該加盟店が契約しているQRコード決済のモバイル財布のロゴマークが表示される。SGQRラベルは、2つ以上のモバイル財布に対応し、例えばDBS Pay PayLah!やSingtelの Dashなど6つのモバイル財布に対応する加盟店の場合、6つのモバイル財布のロゴマークが表示される。

(図表3)SGQR(Singapore Quick Response Code)ラベル (出典:MASのHP)

Pay NowとSGQR

MASが設置したPayment Councilが主導し、DBSやOCBC、UOBなどの11の銀行が加盟するシンガポール銀行協会(The Association of Banks in Singapore)は2017年7月からスマートフォンのモバイル番号によるP2Pの個人間送金や店頭でのモバイルペイメント、請求書支払いなどの“Pay Now”(図表4)をスタートさせ、2018年8月にはB2Bの事業者や団体を対象にした企業バージョンのモバイルペイメントやモバイル送金サービスの“Pay Now Corporate”をスタートさせている。Pay Nowはシンガポールの銀行口座間の資金振替を即座に行う電子送金サービスのFASTのインフラストラクチャの上に構築され、資金の受取人のナショナルIDのNRIC番号やモバイルフォン番号を用いて、シンガポールドルベースの資金の転送を可能にするものである。

(図表4)Pay Now(出典:MAS のHP)

Pay Nowでは、モバイルフォンでの店頭での購入や、電気水道料などの公共料金のQRコードによるモバイルペイメントによる請求書支払いのオプションの提供を行っている。現在、Pay NowのQRコード(図表5)は、SGQRコードとの統合が行われている。Pay NowのQRコードによるモバイルペイメントの手順は、①モバイルバンキングアプリにログイン、②バンキングアプリによるSGQRコードのスキャン、③支払金額の入力の3つのステップである。

(図表5)Pay Now QR コード(出典:MAS のHP)

NETSとSGQR

シンガポールのNETS(図表6)は、シンガポールでのデビットカードネットワークを確立し、電子決済を推進するために、1985年にシンガポールの銀行のコンソーシアムによって設立されたエレクトロペイメントサービスプロバイダーで、NETSの株式はDBS Bank、OCBC Bank、UOBが所有している。NETS は、POS(NETS)およびオンライン(eNETS)、モバイルペイメント(NETS QR)、FASTやPay Nowなどの電子送金サービス、小切手処理サービス、口座振替などの多様なペイメントや金融処理サービスを行っている。NETSのQRコード決済は、(図表7)のようにNETSQRのほか、DBSの PayLah!やOCBCのPay Anyone、UOBのMightyの銀行系のモバイル財布の4つのQRコード決済をサポートしている。NETSのQRコード決済も2018年にSGQRとの統合が行われている。

(図表6)NETS(出典:NETS のHP)

(図表6)NETSのQRコード(出典:NETS のHP)

Singtel Dash

シンガポールベースの大手のモバイルフォンキャリアのSingtel(図表8)のモバイル財布Singtel Dash(図表9)は、シンガポール初のオールインワン・モバイルペイメントソリューションで、現在ユーザー数は100万人を超えている。Singtel Dashは、NFCベースの近接型のモバイルペイメントのほか、QRコード決済も可能で、Singtel Dashの QRコード決済も2018年よりSGQRとの統合が行われている。シンガポールの鉄道はIC乗車券のEZリンクのほか、NETSのIC電子マネーのNETS FlashPay、VisaやMastercardのコンタクトレスペイメント、Singtel Dashなどのモバイル財布のNFC(Near Field Communication)による運賃支払いが可能である。また、タクシーなどではQRコード決済も可能である。

(図表8) Singtel

(図表9) Singtel Dash(出典:Singtel のHP)

モバイル財布のSingtel Dashは、Visa Virtual Account(図表10)を用いて、Visaのカード加盟店でVisaのコンタクトレスペイメントも可能である。シンガポールの場合、コンタクトレスペイメントは、100シンガポールドル(約8,000円)まではPIN(暗証番号)の入力は免除される。

(図表10) Singtel Dash Visa Virtual Account(出典:Singtel のHP)

モバイル財布のSingtel Dashにクレジットやデビットカードを紐づけすることができ、モバイル財布のSingtel Dashへのバリューのリロードなどが可能である。紐づけをすることができるクレジット/デビットカードは1枚に限られていて、Singtel Dashアプリにはクレジット/デビットカードの最後の4桁のみが保存される。Singtel Dashは、送金サービスも可能で、フィリピンやインドネシア、ミャンマー、インド、バングラディシュ、中国などへの送金も可能である。

なお、Singtelは、アジア、オーストラリア、アフリカに7億人のユーザーを擁するモバイルフォンキャリアの大手である。

VIAペイメントアライアンス

モバイル財布のSingtel Dash を展開するシンガポールのモバイルフォンキャリアのSingtelグループが主導するQRコード決済のモバイルペイメントアライアンスのVIAアライアンス(図表11)が、2018年10月にスタートした。VIAアライアンスは、アジア太平洋地域で相互運用が可能なペイメントネットワークを構築し、従来の通貨と国境によって断片化されたペイメントシーンを統合することを目指している。

(図表11)VIA(出典:Singtel のHP)

VIAアライアンスメンバーは(図表12)の通りで、シンガポールのSingtel Dashのほか、タイ・AISのGLOBAL Pay(図表13)やKASIKORN BANKのK PLUS(図表14)、インドネシア・Link Aja(図表15)、マレーシア・Axiata Digital Boost MalaysiaのBoost(図表16)といったアセアン各国の主要なモバイル財布が参加もしくは参加を予定している。5,000万人以上のモバイル財布ユーザーが210万を超えるVIAアライアンス加盟店でQRコード決済が可能になる。VIAアライアンスに参加するそれぞれのモバイル財布によるVIAアライアンス加盟店で、それぞれの自国通貨でのQRコード決済が可能である。

(図表12) VIA アライアンスメンバー(参加予定を含む)(出典:Singtel のHP)

(図表13) AIS のGLOBAL Pay(出典:Singtel のHP)

(図表14) KASIKORN BANK のK PLUS(出典:Singtel のHP)

(図表15) Link Aja(出典:Singtel のHP)

(図表16) Axiata Digital Boost Malaysiaの

Boost(出典:Singtel のHP)

VIAアライアンスの加盟店では、QRコード決済において各種特典を提供している。例えば、タイのMBKフードアイランドでは、VIAを通じてSingtel Dashで100バーツ(約400円)以上のQRコード決済を行った場合、20バーツ(約80円)の割引サービスを行っている。タイのバンコクでは、VIAのQRコードでBTSスカイトレイン(図表17)に乗車することもできる。また、シンガポールのギフトショップのNAIISEでは、50シンガポールドル(約4,000円)以上のQRコード決済を行った場合、10シンガポールドル(約800円)の割引サービスを行っている。Singtel Dashは、VIAによる海外のQRコード決済については、決済金額の5%のキャッシュバックサービスを行っている。

(図表17)タイ・バンコクのBTS スカイトレイン(筆者撮影)

羽田国際空港・成田国際空港のVIA加盟店

VIAアライアンスに参加するSingtel Dashなどのモバイル財布は、シンガポールやタイ、インドネシア、マレーシアならびに日本のVIAアライアンスに加盟するショップで自国通貨でのQRコード決済が可能である。日本のVIAアライアンスの加盟店は、QRコード決済をサポートするネットスターズ(本社:東京都中央区、設立:2009年)によるマルチペイメントゲートウェイであるStar Payを通じて決済を行う。羽田国際空港(図表18)や成田国際空港ですでにVIAアライアンスによるQRコード決済が行われている。ネットスターズは、2015年7月からWeChat Pay、2018年4月からAlipayの各パートナーとしてアクワイアリングを行っている。

(図表18)羽田国際空港のVIA 加盟店(筆者撮影)

日本では、近年タイやインドネシアを中心に東南アジアからのインバウンドの訪日客が急速に増加している。2018年の東南アジアからの訪日客数は前年度比14%増の330万人を超え、タイからは前年度比15%増の100万人を超えている。シンガポールやタイ、インドネシア、マレーシアなどの東南アジアはモバイル財布のQRコード決済が急速に増加しており、こうした地域からの訪日客に対し、自国通貨建てによるQRコード決済が可能なモバイルペイメントアライアンスのVIAアライアンスは、日本の観光ビジネスに貢献するものと思われる。

<参考文献・資料>
・「フューチャーペイメント要覧」、
TIプランニング
・「キャッシュレス2020」、TIプランニング
・「世界の決済イノベーション市場要覧」、
TIプランニング
・2019 Global Payments Trend Report-
Singapore country Insight、J.P. Morgan
・NETSのHP
・SingtelのHP
・MAS(シンガポール金融庁)のHP

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