コロナ禍で変わる日常生活 (金融・決済)

2021年3月9日

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により、国内でも店舗のDX(デジタル・トランスフォーメーション)が加速していると言われる。今回は、欧米、東南アジアのキャッシュレス化を中心に金融、決済、小売に関する調査研究、コンサルティング業務を行う富士通 リテールビジネス本部 シニアマネージャー安留義孝氏にコロナ禍で変わる金融や決済型コロナウイルス感染症(COVID-19)の現状について解説してもらった。

富士通株式会社 リテールビジネス本部 シニアマネージャー 安留 義孝

コロナ禍は日常生活のデジタル化を後押し

2020年1月に、日本初の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者が報告され、一年が経過した。一過性と思われたコロナ禍の生活だが、ニューノーマルと言われる新しい時代の幕開けであり、我々の日常生活も大きく変化している。感染予防の観点から、テレワークが普及し、外出自粛もあり、自宅で過ごす時間が増えた。その結果、今までネットサービスを利用していなかった方々も、オンラインでの会議や飲み会、EC(ネットショッピング)、料理のデリバリーなどを利用している。また、銀行店舗での密を回避するために、ネットバンキングの利用も増加し、現金に触れることを避けるため、クレジットカード、電子マネー、QRコード決済などのキャッシュレス決済の利用も増えている。このように、コロナ禍をきっかけとして、日常生活にデジタルサービスが浸透しつつある。日本ではコロナ禍の1年で急速に進展したサービスだが、欧米先進国だけではなく、途上国と呼ばれる東南アジアの国々でもコロナ禍以前から当たり前の光景である。

決済という行為はなくなる

コロナ禍の外出自粛時には、Uber Eats、出前館などのフードデリバリーサービスが飛躍的に普及した。専用アプリで料理を注文し、自宅などに届けてもらうサービスだが、決済も登録済みのクレジットカードなどで注文と同時に終了する。つまり、現金を払う、クレジットカードを渡す、QRコードを読み込むなどの決済に関わる行為を行うことなく、本来の目的である料理を受け取ることができる。このような決済という行為を行わないサービスは現金に触れたくないという意識も後押しし、今後さらに普及することが予想される。そして、これらのサービスを利用するためには、現金主義者もSuica、PASMOなどのIC乗車券を抵抗なく利用しているように、無意識にキャッシュレス決済を行うことになる。

インドネシアではライドシェア(バイク便)からスタートしたGrab、GoJekは人を運ぶだけではなく、料理に加え、スーパーでの買い物代行、医薬品の配達なども行う。決済は注文時に、OVO、Go Payというそれぞれ自社の決済サービスで行うため、決済という行為はない。また、コロンビアのデリバリーサービスのRappiはコロナ禍をきっかけに急成長しているが、料理のデリバリーだけではなく、家電、衣料、さらには現金のデリバリーも行う。日本でもさまざまなデリバリーサービスが成長し、これらのサービスでも決済という行為を行うことはない。

さらに、決済という行為を行わないサービスとして、欧米ではClick & Collect、Order Pickupと呼ばれるサービスが日常生活に浸透している。英国ではClick & Collect、米国ではOrder Pickupと呼び名は異なるが、自宅や職場で、商品を事前に注文し、仕事帰りや散歩のついでに、店舗で商品を受け取るサービスである。日本でもマクドナルドやスターバックスが同様のサービスを提供しているが、軽食やコーヒーに限らず、ロンドンではJohn Lewis(百貨店)、Sainsbury’s(量販店)、Zara(アパレル)、サンフランシスコではMacy’s(百貨店)、Target(量販店)、Old Navy(アパレル)など業種業態を問わず、混雑した店舗で商品を選ぶことなく、そしてレジ待ちの行列に並ぶこともなく、ショッピングを楽しむことができる。さらに、Walmart(量販店:米国)では、Pickup Towerというコインロッカー形式で人を介さずに商品を受取ることができ、Asda(量販店:英国)の郊外店では店舗に入ることなく、駐車場で商品を受取ることができる。日本と異なり、英国や米国を含む海外諸国では、宅配サービスの配達時間は正確ではなく、女性の社会進出により自宅を留守にすることが多いため、Click & Collect、Order Pickupが好まれている。日本でもライフスタイルの変化とともに、宅配サービスだけではなく、Click & Collect、Order Pickupの利用も増加し、さらには社会問題にもなった宅配業者の過重労働も解決の方向に進むと思われる。

ショッピングでは並ばない

Collect、Order Pickupを含めたECが普及したとしても、リアル店舗がなくなるわけではない。しかし、混雑した店舗やレジ待ちの行列は誰しもが避けたいものである。

オランダの15歳以上の銀行口座等保有率は99.7%(世界銀行、2017年)で、ほぼ全ての国民が銀行口座、デビットカードを保有している。そして、規模や業種業態を問わず、店頭、店内ではHier Alleen Pinnen(支払はデビットカードだけ)、Pinnen Ja Graag(デビットカード大歓迎)という看板や張り紙を掲げ、デビットカードでの決済を推奨している。庶民的なスーパーAlbert Heijnの大型店では、セルフチェックアウト、デビットカード専用レジ(Hier Alleen Pinnen)、何でも受け付けるレジ(現金、クレジットカードも可)の3種類のレジを設置している。大まかな割合となるが、その台数は2:7:1で圧倒的にデビットカード専用レジが多く、デビットカードで支払う限りはレジ待ちの行列に並ぶことはない。また、駅ナカなどの小型店ではScan,Pin & Goという無人レジ店舗を展開し、やはりレジ待ちの行列に並ぶことはない。店内には多数のレジが並び、消費者が商品のバーコードをスキャンし、デビットカードをスワイプし、PIN(パスワード)を入力し、買い物は終了となる。購入商品はサンドイッチや飲料など数点に限られるため、操作も苦にはならない。(写真1)そして、国民の誰もが持っており、普段使いのデビットカードで決済できることが重要である。Amazon Goなどの最新技術を活用した最先端の店舗では、コーヒー1本を買うためだけに、専用アプリを立上げ、QRコードをタッチしての入店となるが、正直面倒である。決済は目的ではなく付帯行為に過ぎず、出来る限り、手間をかけず、自然な動作でなければならない。

シンガポールの大型スーパーHabitatは購入商品数に応じて精算方法が異なるが、いずれにしろレジ待ちの行列に並ぶことはない。5点以下であれば、Scan & Goを利用し、その場で商品のバーコードを読み取れば決済は終了となる。それ以上の場合には、商品をカートごと指定場所で預け、決済と商品の袋詰め終了の連絡を待ち、Collection Pointで袋詰めされた決済済みの商品を受け取れば良い。レジ待ちの行列に並ぶことなく、その間は自由である。バックヤードでの作業を人手で対応するのであれば、レイアウト変更程度で済むため、大規模な投資は必要なく、コロナ禍での密を回避するには適切なサービスである。レジ待ちの行列の際に、床に目印をつけて間隔を保つ店舗もあるが、それよりも感染予防には効果的で、消費者も時間を有効に利用できるサービスである(写真2)。

写真2:HabitatのAuto Checkout(シンガポール)

Habitatでも導入されているScan & Goは非常に便利な仕組みだが、大量商品の購入には適さない。実際、英国のWaitroseでは、Scan & Goは導入されているが、消費者が利用するのは購入商品が数点の場合に限られる。数十点の商品を歩きながら選び、都度スキャンするのは手間となるため、セルフチェックアウトを利用する。なお、キャッシュレス化が進展する英国では、Waitroseに限らず、Marks & Spencerなどの量販店では圧倒的な数のセルフチェックアウトレジが設置されているため、レジ待ちの行列はない。

日本でも、Scan & Goやレジレス店舗など最新技術を活用した店舗が登場しているが、ITを導入するだけで、集客や売上、そして顧客サービスが上がるわけではない。消費者行動を意識して最適な決済手段を適材適所に導入することが必要である。

店舗の役割は変わる

ECの利用増加に伴い、店舗の役割は変化している。Walmartが買収した高級紳士服BONOBOS(米国)では、店舗で商品を購入することができず、購入はECからだけとなる。店舗は商品の展示や試着する場となっている。同様に、Time誌に世界一快適なシューズと紹介されたAllbirds(米国)では、店舗でも商品を購入できるが、2度目以降の購入はECを推奨している。ECの成長とともに、ECは販売の場、そして店舗はECの弱点を補う、実物を見ることができ、体験できる場と変化しつつある。

また、ECの台頭に対し、若者向けのアパレルExpress(米国)では、店舗で誰でも利用できるスマホの充電ステーションやミーティングスペースを提供している。とにかく、店舗に来てもらい、商品を知ってもらうことが目的である。銀行も同様の取組みを行っており、ミレニアル世代を中心に、既存銀行離れが加速する米国では、まずは銀行店舗に来てもらうことを目的に、Capital One(米国)はカフェを併設し、Umpqua Bank(米国)は誰でも利用できるワークスペースや会議室を提供している。

銀行は身近な存在へ

ミレニアル世代を中心に既存銀行離れが進む中、その代替となるのがチャレンジャーバンク(銀行免許有)、ネオバンク(銀行免許無)と呼ばれる店舗・ATMを持たず、ネットだけでサービスを提供するデジタル専業銀行である。チャレンジャーバンクは2007年のFidor Bank(ドイツ)の設立にはじまり、2014年のAtom Bank(英国)などが続くが歴史は浅い。しかし、すでにN26(ドイツ)は世界中に500万、Revolut(英国)は2,000万のユーザーを持ち、既存銀行を脅かす存在となっている。欧州だけではなく、米国でも、Chime、Varoなどが全てのサービスをスマホだけで気軽に、迅速に利用できることが受け入れられ、急成長を遂げている。コロナ禍においては、CARES法(コロナウイルス支援・救済・経済保障法)に基づき、政府は消費者へ給付金を給付したが、Chimeは政府の給付が完了する以前に融資を実行し、ユーザーは政府からの給付金を受け取るよりも2~3週間早く資金を受取っている。また、Kabbage、Stripe、Funding Circleなどのフィンテック企業は、給与保護プログラム(Paycheck Protection Program: PPP)に自社のプラットフォームを提供し、迅速な融資実行を支援した。既存銀行の従来の業務プロセスではなく、チャレンジャーバンクを含むフィンテック企業の迅速で柔軟な対応により、米国では給付金の給付に数カ月を要するということはなかった。
すでにRevolutが資金決済事業者として日本に進出しているが、国内でも、ふくおかフィナンシャルグループのみんなの銀行やLine銀行などのデジタル専業銀行の開業が予定され、さらに銀行代理業として、BaaS(Bank as a Service)を利用したJAL NEOBANK(JAL系列)、さらにはヤマダ電機も参入を発表しており、今後も顧客データを持ち、消費者にとって身近な企業の銀行業参入が予想される。旅行や家電などの高額商品を将来的に購入するための貯蓄や資金不足だが今欲しい商品を購入するための融資は消費者にとっては重要なサービスであり、提供者である企業にとっても、他の金融機関を紹介することで得られる手数料よりも、収益性ははるかに高く、顧客とのリレーションも継続できる。

誰も取り残さない

以上のように、コロナ禍をきっかけに小売店、銀行などの日常生活の場のデジタル化は一気に加速する。しかし、誰もがスマホやPCを利用できるわけではない。特に高齢者にはデジタルデバイドは多い。誰も取り残すことがない取り組みが必要である。

インドネシアのKudoは、ワルンと呼ばれる小規模の個人商店と連携し、高齢者を中心にECでの注文をサポートしている。インドネシアでも、Tokopedia、LAZADAなどを中心にECは大盛況だが、高齢者の多くはPC、スマホを利用できず、クレジットカード、デビットカードなどのキャッシュレス決済手段も持っていない。そこで、KudoがECの注文と決済を代行している。高齢者は今まで通りにKudoで欲しい商品を伝え、現金で支払うだけで、ECの商品を購入できる。日本でも、ECだけではなく、デリバリーなどスマホで注文することが前提のサービスが増えているが、誰も取り残さないためには、Kudoのようなサービスは必要不可欠である。

また、ネットバンキングの普及とともに、銀行店舗、ATMが減少すると、徒歩圏に金融機関がなくなり、移動手段を持たない高齢者は金融難民となる可能性が高い。オランダでは首都アムステルダムでも銀行店舗を見つけることは難しい。ようやく見つけたING Bank、Rabo bank、ABN Amroの3大銀行の店舗は、ネットバンキング用のPCを設置し、ネットバンキングを指導する行員を常駐させ、操作に不安のある顧客に対して適切に指導を行っている。また、ネパールでは店舗・ATMがない地域では、Branchless Bankingという仕組みを利用し、定期的に顧客宅へ訪問したり、地域の有力者や商店が銀行業(口座開設、預金、出金、送金)を代行している。日本でも一部の地域ではATM搭載の車両は利用されているが、さらなる普及のためには、コスト的に優位性のあるネパールのBranchless Bankingのような仕組みが必要である(写真3)。

写真3:Global IME Bank のBranchless Banking(ネパール)

消費者視点の日本流のサービスに期待

日本でも、DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれ、コロナ禍をきっかけとして遅れていたデジタル化が一気に加速することは間違いない。データ活用など企業側のメリットだけを追求するのではなく、消費者視点でのデジタル化が推進されることを期待する。そして、目指すべき姿は世界中に存在している。ただし、1つの国のサービスを単純に日本に適用するのではなく、さまざまな国、地域のサービスを比較検討し、日本の文化、習慣、国土、国民性、そして現状のサービスレベルを考慮したサービス設計が必要であることを忘れてはならない。

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