2017年4月21日8:00
2017年1月5日、ビットコインの価格が1,170ドル台の過去最高値を更新したあと、880ドル台に大暴落した(25%減)。2014年のマウントゴックス閉鎖以降、ようやく日本でも信頼を取り戻しかけていた矢先の大暴落に、多くの利用者が規制のない仮想暗号通貨の不安定さ、投機性を再度痛感することになった。それでも今後、ブロックチェーンやビットコインの重要性がさらに増していくことは間違いなさそうだ。
ビジネス+IT 編集長 松尾 慎司
ブロックチェーンとは一体何か
従来は仮想暗号通貨としての側面ばかりが注目を集めていたブロックチェーンだが、その本質を一言でいうと、「信頼性を一つどころに依存せず、低コストでスケールアウト可能なデータベースを共有できること」にある。
と聞いてピンとくる方は多くないはずなので、ビットコインを例に1つずつ説明していこう。
順序が逆になるが、まず「データベースの共有」とは、ビットコインの場合は「経済的な価値」を誰がどれだけ持っているのかを示すデータベース(台帳)を、ネットワークの参加者が共有できている状態を指す。
Aさんが10ビットコインを持っていて、Bさんが20ビットコインを持っているというデータベースを、AさんもBさんも共有していなければ、仮想通貨としての役割を担うことはできないが、ビットコインにはこの機能が備わっているというわけだ。
なお、「経済的な価値」と表現したが、データになるものであれば、必ずしも貨幣でなくても構わない。たとえば、不動産の登記情報でもかまわないし、特許情報でもよい。実はこれは、本来、貨幣的な価値を共有するためのビットコイン上のネットワークで実現することも可能だ。
中央集権的ではないが権力や巨大資本の影響を受ける
次に「信頼性を一つどころに依存しない」というのは、大きく2つの意味がある。1つ目は、ビットコイン(ブロックチェーン)はデータの改ざんが行えない(あるいは非常に行いにくい)という特徴を持つということ。ざっくりと言えば、データの正しさを参加者のほぼ全員で担保する仕組みのため、誰か一人がどこかのデータを改ざんしようとしても全体で正しさが担保される。
もう1つの意味が、それを一つどころで担保しているわけではないということだ。たとえば、皆が「経済的価値がある」と考えている千円札や五千円札といった日本銀行券は、日本政府(日本銀行)という1つの組織(というにはあまりに大きすぎるが)が、その信頼性のもとに発行している“紙切れ”にすぎない。円の価値は「信用創造」されたものでしかなく、万が一日本が破綻するようなことがあれば、千円札は本当に紙切れと化してしまう。
しかし、ビットコインは誰かが中央集権的に管理しているわけではない。そのため、たとえばマウントゴックスという取引所が1カ所なくなったからといって、ビットコインの経済圏が崩壊することはない。こうした点が、信頼性、中立性につながっているわけだ。
この特性により、ビットコインは中国やインド、ベネズエラなど、資本・通貨規制のある国の富裕層からの投資を集めることになり、冒頭に述べたビットコイン最高値更新に一役買ったわけである(トランプ政権誕生に伴うドル高元安が最高値更新の最大の理由だろう)。
ただし、外部からの介入は可能だ。その後の暴落の背景には、中国政府の介入があったとされる。中国政府が(通貨としての元の信任を担保するために)ビットコインの取引規制を強化したのである。これにより、中国での利用停滞の懸念を招き、ビットコインの価値が大幅に下落したわけである。
たとえば株式市場では、一定以上の割合で上昇、あるいは下落した場合に取引を停止する仕組み(サーキットブレーカー)がある。これが短期の大暴落や暴騰を防いでいるわけだが、ビットコインには現時点でそのような仕組みは備わっていない。このようにブロックチェーンは信頼性、中立性をうたいながらも、それゆえに政府や巨大資本が介入してきた場合などに、その価値の乱高下を招いてしまう側面があるのだ。
ビットコインに訪れている限界
そして最後、「低コストでスケールアウト可能」というのは、参加者が増えても、増えた分だけマシンパワーを提供すればよいということだ。
一般的なデータベース(RDBMS)では「サイジング」という作業が必要になる。このぐらい利用される可能性があるから、こんなサーバを用意しなければならない、ということである。もしその想定使用量を上回ることがあれば、RDBMSを丸ごと置き換える必要が出てくることもある。
一方、ビットコインはスケールアウト型のため、参加者が増えたら増えた分だけ、ほぼリニアにその性能を拡張できる。それも大型の投資を伴わずに実現できる。ただし、これは当初のもくろみの話であり、現実はそううまくはいかなさそうだということがわかってきている。
ビットコインで処理できるトランザクション(取引)データ量は、約10分ごとに約1Mバイトであり、これは平均すると毎秒7トランザクションに相当する。楠正憲氏は日経BPの「『ブロックチェーンはスケーラブル』という神話と現実の課題」という記事の中で、「これでは、とても世界の決済インフラを担える処理能力とはいえない」としている。
また、その取引処理に要するITコストは、対価が支払われている採掘費用だけを見ても、1トランザクションあたりの単価は数百円となっており、銀行の振込手数料と比較しても同等かやや高い水準で「『低コストで送金できる』とはいえない」と指摘している。 もちろん、楠氏が記事で指摘しているように、ブロックチェーンの外側で決済するオフチェーン決済技術などの新しい技術がこうした問題を解決できる可能性がある。ただし、それは現在ブロックチェーンが持つ「中立性」「中央管理者不在」というメリットを犠牲にしたものであり、それで本当にブロックチェーンの価値が担保されるのかは疑問が残る。
ブロックチェーンは「価値の民主化」を引き起こす
このようにブロックチェーンは(少なくともビットコインは)、現時点ではすぐに社会構造を変えてしまうような夢の技術ではない。
しかし、それでもなお、ブロックチェーンやビットコインの可能性はいささかも揺らぐことはない。なぜなら、きわめて乱暴な言い方になるが、すでにこれだけ多くの人が利用し、注目しているからだ。
インターネットを思い出してほしい。その技術的な仕組みは極めて不完全で、脆弱だ。それでも今、インターネットが「情報の民主化」を引き起こしたことに異を唱える人はいないだろう。
それと同じように、今度はブロックチェーンが「価値の民主化」を引き起こすだろう。先にも述べたが、ビットコインの特徴は「価値」の台帳であるということだ。現在は以下のような利用可能性が指摘されているが、今後もまったく新しい「金脈」が見つかる可能性は大いにある。
■ブロックチェーンの応用例
・不動産登記、自動車登録
・家やホテル、車のカギ
・結婚証明書、死亡証明書
・運転免許証、パスポート
・株などの各種金融資産
・電子投票 など
中国政府による規制で25%も暴落したが、それでもビットコインの価値がゼロになったわけではない。これは貨幣規制のある国の人々にとっては画期的なことである。人々は、政府や一部の権力者によって決められた価値に縛られる必要がないことに気づいたのだ。
ブロックチェーンによる「価値の民主化」を実現するのが、ビットコインなのか、それともイーサリアム(Ethereum)のような新しい存在かはわからない。インターネットでも、いまだに情報の既得権益者との戦いは続いている。それと同じように、ブロックチェーンによる「価値の民主化」のための戦いは、これから何年も続いていくだろう。
この変化がもたらす全貌はまだ明らかになっていないが、今後もあらゆる人々が引き続き注目しなければならないテクノロジーであることは間違いなさそうだ。